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1. 序論:日本におけるアレルギー性鼻炎の疫学と社会経済的課題
1.1 国民病としての花粉症と社会へのインパクト
日本においてスギ花粉症は、もはや単なる季節性の不快症状ではなく、社会構造に影響を及ぼす「国民病」としての地位を確立してしまっている。統計によると、日本人の約38.8%がスギ花粉症に罹患していると推計されており 1、その有病率は年々増加の一途をたどっている。特に、社会の中核を担う20代以上の生産年齢人口における有病率の高さは深刻であり、春先の数ヶ月間にわたる労働生産性の低下(プレゼンティズム)は、日本経済全体に対して無視できない損失を与えている。
アレルギー性鼻炎の症状であるくしゃみ、鼻汁、鼻閉(鼻づまり)は、集中力の低下、睡眠障害、そして全身倦怠感を引き起こす。これに対し、多くの社会人は抗ヒスタミン薬の内服や点鼻ステロイド薬による「薬物療法(対症療法)」で対処してきた。しかし、これらの治療はあくまで一時的に症状を「ブロック」するものであり、アレルギー反応そのものを消失させるわけではない。そのため、患者は毎年花粉シーズンが到来するたびに耳鼻咽喉科を受診し、薬を飲み続けるという終わりのないサイクルを繰り返すことになる。
1.2 治療パラダイムの転換:対症療法から根治治療へ
こうした背景の中で、近年急速に注目を集めているのが「アレルゲン免疫療法(AIT: Allergen Immunotherapy)」である。これは、アレルギーの原因抗原(アレルゲン)を微量から体内に投与し、免疫系を徐々に慣らすことで、過剰な免疫反応を起こさない体質へと作り変える治療法である。
かつて免疫療法といえば、頻繁な通院と痛みを伴う皮下注射(SCIT)が主流であり、多忙な社会人にとってはハードルの高い治療法であった。しかし、2014年のスギ花粉症に対する舌下免疫療法(SLIT)の保険適用、さらに2018年の錠剤タイプ(シダキュア)の登場により、状況は一変した 1。自宅で服用が可能で、かつ保存性や利便性に優れた製剤の登場は、治療の選択肢を劇的に広げたのである。
本レポートでは、多忙な現代人が最適な治療選択を行えるよう、最新の医学的エビデンスに基づき、舌下免疫療法と皮下免疫療法の比較、期待される治療効果と限界、治療期間の妥当性、そして経済的な費用対効果について、網羅的かつ徹底的に解説する。
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2. アレルゲン免疫療法の免疫学的メカニズム
アレルゲン免疫療法がなぜ「アレルギーを治す唯一の治療法」と言われるのか 2、そのメカニズムを理解することは、長期間にわたる治療モチベーションを維持するために不可欠である。
2.1 免疫寛容の誘導プロセス
アレルギー反応は、本来無害であるはずの花粉やダニの成分(抗原)に対し、免疫細胞が「敵だ」と誤認して過剰攻撃を行うことで生じる。この反応の主役は、IgE抗体とマスト細胞、そしてTh2細胞(2型ヘルパーT細胞)である。
免疫療法は、この抗原をあえて体内に投与し続けることで、以下の免疫学的変化(免疫修飾)を引き起こすと考えられている。
- 制御性T細胞(Treg)の活性化:
治療初期において、免疫反応を抑制する働きを持つ「制御性T細胞(Regulatory T cells)」が誘導される。これは過剰な免疫暴走に対するブレーキ役として機能する。 - Th1/Th2バランスの是正:
アレルギー患者の体内ではTh2細胞が優位になっているが、免疫療法によりTh1細胞(感染防御などを担う細胞)の働きが活性化され、免疫バランスが正常化へと向かう。 - 遮断抗体(IgG4)の産生:
治療を継続すると、IgE抗体の代わりに「IgG4抗体」などが産生されるようになる。このIgG4は、アレルゲンがIgEと結合するのを物理的にブロックする「盾」のような役割を果たし(遮断抗体)、アレルギー反応のカスケードが開始されるのを未然に防ぐ。
2.2 疾患修飾効果と自然経過の変容
一般的な薬物療法が、放出されたヒスタミンを受容体レベルでブロックする「下流」の遮断であるのに対し、免疫療法は免疫応答の「上流」にあるシステムそのものを書き換える治療である。 研究では、免疫療法がアレルギー性鼻炎の自然経過を変容させ(Disease-modifying effect)、治療終了後も長期間にわたって症状の再燃を抑制することが示されている 2。さらに、ダニアレルギーに対する免疫療法は、将来的な気管支喘息の発症リスクを低減させる可能性も示唆されており、単なる症状緩和以上の医学的意義を持つ。
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3. 治療法の比較検討:舌下免疫療法(SLIT)vs 皮下免疫療法(SCIT)
社会人が免疫療法を検討する際、最初の分岐点となるのが投与経路の選択である。現在は舌下免疫療法(SLIT)が主流となりつつあるが、皮下免疫療法(SCIT)にも歴史的意義と特徴がある。それぞれのメリット・デメリットを比較分析する 4。
3.1 比較マトリクス:社会人のライフスタイルとの適合性
以下の表は、両治療法の特徴を多角的に比較したものである。
|
比較項目 |
舌下免疫療法(SLIT) |
皮下免疫療法(SCIT) |
|
主な薬剤 |
シダキュア(スギ)、ミティキュア(ダニ) |
スギ花粉エキス、ダニ抗原エキスなど |
|
投与経路 |
口腔底(舌の下)粘膜からの吸収 |
上腕部などへの皮下注射 |
|
通院頻度(導入期) |
1〜2週間に1回(最初の1ヶ月程度) |
週1〜2回(数ヶ月続く場合あり) |
|
通院頻度(維持期) |
月1回 |
月1〜2回 |
|
投与場所 |
初回のみ医療機関、2回目以降は自宅 |
医療機関のみ(毎回受診が必要) |
|
痛み |
なし(保持することの不快感のみ) |
あり(注射針による疼痛) |
|
アナフィラキシー |
極めて稀(安全性プロファイルが高い) |
SLITに比べるとリスクが高い |
|
治療費(目安) |
薬剤費+再診料 |
手技料+再診料(一般にSLITより安価) |
|
推奨対象 |
多忙な社会人、通院時間を減らしたい人 |
毎日飲む自信がない人、医師管理下で行いたい人 |
3.2 舌下免疫療法(SLIT)の優位性
現代の社会人にとって、SLITの最大の利点は「通院頻度の低さ」と「在宅治療が可能であること」に尽きる。 SCITの場合、増量期(体が慣れるまでの期間)には週に1〜2回の通院が必須となる。平日の日中に仕事を抜けて週2回通院することは、一般的な会社員にとって現実的ではない場合が多い。一方、SLITであれば、導入時の数回の通院をクリアすれば、後は月に1回の通院で薬を受け取り、毎日の服用は自宅(朝の起床時や就寝前など)で行うことができる 4。 また、注射の痛みがなく、重篤な副作用であるアナフィラキシーショックの発生率もSCITと比較して有意に低いことが報告されており、安全性の観点からも第一選択となりつつある 2。
3.3 皮下免疫療法(SCIT)が選ばれるケース
一方で、SCITが完全に廃れたわけではない。例えば、「毎日薬を飲むことを忘れてしまう」「自己管理に自信がない」という患者にとっては、月に1〜2回病院に行った時だけ治療を行うSCITの方が確実性が高い場合がある。また、現在日本で承認されているSLIT製剤はスギとダニのみであるため、ブタクサやシラカバなど他の花粉症に対して免疫療法を行いたい場合は、必然的にSCIT(または適応外使用)を検討することになる。
4. 舌下免疫療法薬の薬理学的プロファイルと投与プロトコル
現在日本国内で流通している主要な舌下免疫療法薬である「シダキュア(スギ花粉症用)」と「ミティキュア(ダニアレルギー用)」について、その詳細な仕様と投与プロトコルを解説する。
4.1 シダキュア(スギ花粉舌下錠)
シダキュアは、標準化されたスギ花粉エキスを含む速溶性の舌下錠である。2018年の承認以降、冷蔵保存が必要だった従来の液剤(シダトレン)に代わり、常温保存可能な錠剤として急速に普及した 1。
4.1.1 導入スケジュールと用量設定
治療は、スギ花粉が飛散していない時期(6月〜11月頃)に開始することが絶対条件である。飛散期に開始すると、自然暴露による抗原量に加え、薬剤による抗原が加わることで、重篤な副作用が発現するリスクが高まるためである 1。
- 第1週(増量期): 「シダキュアスギ花粉舌下錠 2,000JAU(緑色のパッケージ)」を1日1回1錠服用する。これは体が抗原に慣れるための低用量期間である 1。
- 第2週以降(維持期): 「シダキュアスギ花粉舌下錠 5,000JAU(青色のパッケージ)」に増量し、以後これを治療終了まで毎日継続する 1。
4.1.2 服用手順と注意点
- 薬剤をアルミシートから取り出し(吸湿性が高いため直前に取り出す)、舌の下に置く。
- 唾液で速やかに崩壊するが、飲み込まずに1分間そのまま保持する。ここが最も重要であり、口腔底の粘膜から抗原を吸収させるための必須時間である 1。
- 1分経過後に飲み込む。
- 飲み込んだ後、5分間はうがいや飲食を避ける 6。
- この「保持時間」と「飲食禁止時間」を厳守しないと、十分な量の抗原が粘膜から吸収されず、期待される効果が得られない可能性がある。
4.2 ミティキュア(ダニ舌下錠)
ミティキュアは、ヤケヒョウヒダニおよびコナヒョウヒダニのエキスを有効成分とする。ダニアレルギーは通年性(一年中症状がある)であるため、シダキュアとは異なり、体調が良い時であればいつでも治療を開始できるのが特徴である 1。
- 第1週: 3,300JAUの錠剤を1日1回服用。
- 第2週以降: 10,000JAUの錠剤に増量し、維持する 1。
4.3 服用を忘れた場合の対処(Missed Dose Protocol)
長期間にわたる治療において、服用のうっかり忘れは避けられない課題である。これに対する医学的な対処法は明確に規定されている。
- 同日中に気づいた場合: 気づいたその時に服用する。
- 翌日に気づいた場合: 前日の分は服用せず、その日の1回分のみを服用する。
- 絶対的禁忌: 2回分を一度に服用することは絶対に避けること。抗原量が倍増し、アナフィラキシーなどの副作用リスクが急上昇するためである 7。
- 長期中断の対応: 旅行や入院などで数日〜1週間以上服用が途切れた場合、自己判断で維持量(5,000JAUや10,000JAU)を再開するのは危険である。休薬期間後の再開時には、再び副作用が出やすくなっている可能性があるため、医師の判断のもと、場合によっては低用量から再導入するなどの調整が必要となる 8。
5. 臨床的有効性と治療期間に関するエビデンス
「本当に効くのか?」「いつまで続ければいいのか?」という疑問に対し、最新の臨床試験データは明確な答えを提示している。
5.1 治療効果の定量的評価
シダキュアの第II/III相臨床試験において、主要評価項目である「トータル鼻症状薬物スコア(TNSMS: Total Nasal Symptom and Medication Score)」の顕著な改善が確認されている。 プラセボ(偽薬)群と比較して、シダキュア投与群ではTNSMSが有意に低下した。具体的には、2,000JAU投与群で約21.4%、5,000JAU投与群で約32.1%のスコア改善が認められた 9。この「3割以上の改善」という数字は、単なる症状の軽減だけでなく、併用するレスキュー薬(抗ヒスタミン薬など)の使用量が大幅に減少することを含んでいる。 臨床現場の実感としては、約70〜80%の患者で「症状が楽になった」「薬を飲む回数が減った」という有効性が確認されており、そのうち約20%は症状がほぼ消失する「著効」を示す 1。
5.2 「3年の壁」:治療期間と予後の相関関係
免疫療法の最大のハードルは治療期間の長さであるが、医学的エビデンスは**「最低3年」の継続**を強く推奨している。この根拠となるのが、治療終了後の経過を追った長期観察研究である。
- 18ヶ月 vs 36ヶ月(3年): 研究データによると、18ヶ月程度の治療でも治療中および直後のシーズンには効果が見られる。しかし、治療終了後の「持続効果」においては、3年間治療を継続した群の方が圧倒的に優れていた 3。
- 治療終了後2年目のデータ: 3年間の舌下免疫療法を完了した患者群とプラセボ群を比較した際、治療終了から2年が経過した時点(治療開始から5年目のシーズン)であっても、実薬群では約34.0%の症状抑制効果が維持されていた 3。
- 結論: 短期間(1〜2年)で治療を中断してしまうと、治療をやめた途端に元の体質に戻ってしまう「リバウンド」のリスクが高い。逆に、3年以上継続することで、免疫システムのリモデリング(再構築)がより強固になり、治療を止めた後も数年単位で症状が出ない「長期寛解」の状態を得られる可能性が高まる 2。
5.3 完治率と寛解の定義
医学的に「完治(Cure)」という言葉は、「二度と再発しないこと」を意味するため、免疫療法においては慎重に使用される。より適切な表現は「長期寛解(Long-term Remission)」である。 データ上、治療終了後に症状が完全に消失し続ける「完治に近い状態」になる患者は全体の約2割程度と推測される。しかし、残りの5〜6割の患者も、完全に症状がゼロにならなくとも、「以前は重症だったが、今は市販薬を時々飲む程度で済む」「鼻詰まりで眠れない夜がなくなった」といった劇的なQOLの改善を経験する。全く効果がない(無効)例は約2割程度存在するが、この割合は従来の保存的治療に比べれば十分に低いと言える 1。
6. 安全性プロファイルとリスクマネジメント
免疫療法は「毒を持って毒を制す」性質の治療であるため、副作用リスクに対する正しい理解と管理が不可欠である。
6.1 主な副作用とその発現時期
舌下免疫療法の副作用は、主に口腔内に集中する。これは抗原が直接粘膜に接触するために起こる局所反応である。
- 頻発する症状: 口の中の腫れ(浮腫)、喉のイガイガ感・違和感、耳のかゆみ、唇の腫れ 1。
- 発現時期: 治療開始初期(最初の1ヶ月)や、増量期に集中して現れる。多くの患者において、治療を継続することで体が慣れ、数週間から数ヶ月で自然に消失する傾向がある 2。
- 対処法: 症状が不快な場合、治療開始初期にあらかじめ抗ヒスタミン薬を併用することで、局所反応を軽減させながら治療を継続することが可能である。
6.2 アナフィラキシーリスクの実際
最も懸念される全身性副作用であるアナフィラキシー(血圧低下、呼吸困難、全身蕁麻疹など)について、シダキュアやミティキュアにおける発現頻度は、従来の皮下注射(SCIT)と比較して著しく低い。 日本国内の臨床試験および市販後調査において、ショックに至るような重篤なアナフィラキシーの報告は極めて稀である 2。しかし、リスクはゼロではないため、以下の安全対策が講じられている。
- 初回投与の院内実施: 最初の1錠目は必ず医師の目の前で服用し、その後30分間は院内で待機して経過観察を行う 1。
- 患者教育: 体調不良時、喘息発作時、抜歯後などの口腔内出血時、激しい運動の直前後、飲酒後などは、薬の吸収が亢進したり過敏性が高まったりするため、服用を避けるよう指導される。
7. 経済的分析:治療コストと対費用効果
20代以上の社会人にとって、3年〜5年という長期間の治療費は投資判断の重要な要素である。ここでは3割負担における具体的なコストを試算する。
7.1 薬剤費の試算(3割負担)
福岡県の耳鼻咽喉科クリニックの公開データに基づくと、薬剤費の目安は以下の通りである 11。
|
薬剤名 |
初回〜28日分(導入期) |
年間薬剤費(1年分) |
3年間の薬剤費総額(概算) |
|
シダキュア(スギ) |
約2,420円 |
約23,540円 |
約70,620円 |
|
ミティキュア(ダニ) |
約2,820円 |
約29,880円 |
約89,640円 |
※上記は薬剤費のみであり、これに調剤薬局での技術料等は含まれない。
7.2 総治療費とコストパフォーマンス
実際に患者が支払う総額には、薬剤費に加え、クリニックでの診察料(再診料)、処方箋料、定期的な検査費などが加算される。 これらを総合すると、年間約3万円〜4万円程度(月平均3,000円程度)の自己負担となる計算である。3年間の治療総額としては10万〜15万円程度を見込む必要がある 2。
一見高額に見えるが、比較対象とすべきは「一生続く対症療法のコスト」である。
- 対症療法のコスト: 重症花粉症患者がシーズン中に高価な第2世代抗ヒスタミン薬、点鼻ステロイド、点眼薬を使用し、頻繁に通院した場合、1シーズンだけで1万〜2万円以上の出費になることは珍しくない。これが10年、20年と続けば、総額は免疫療法のコストを容易に上回る。
- 見えないコストの削減: さらに重要なのは、「花粉症によるパフォーマンス低下」という見えないコストの削減である。仕事の効率低下、市販薬の購入費、高機能マスクや空気清浄機への出費などを考慮すれば、年間3〜4万円の投資で「症状のない生活」を手に入れることのROI(投資対効果)は、現役世代の社会人にとって極めて高いと言える。
8. 治療対象外と慎重投与:誰が受けられないのか?
免疫療法は万人に開かれた治療ではない。安全性の観点から、明確な除外基準が設けられている 4。
8.1 禁忌(治療を受けられない人)
- 重症の気管支喘息患者: 免疫療法により喘息発作が誘発されるリスクがあり、危険である。ただし、コントロール良好な喘息であれば治療可能な場合もあるため、呼吸器内科医との連携が必要である。
- 悪性腫瘍(がん)治療中、または免疫不全症の方: 免疫系に作用する治療であるため、原疾患に悪影響を及ぼす可能性がある。
- ベータ遮断薬を使用中の人: 降圧薬や不整脈薬として使われるベータ遮断薬は、万が一アナフィラキシーが起きた際に、救命薬であるアドレナリンの効果を減弱させるため、併用注意または禁忌となることが多い。
8.2 慎重投与(注意が必要な人)
- 妊婦・授乳婦: 治療開始は推奨されない。ただし、治療継続中に妊娠が発覚した場合、すでに維持量で安定していれば治療を継続することも可能とされるが、慎重な判断を要する。
- 口腔内病変: 重度の歯周病、口内炎、抜歯後などは、薬剤の吸収異常や感染リスクがあるため、一時休薬が必要となる。
- 全身ステロイド薬の服用者: 免疫抑制作用があるため、免疫療法の効果が得にくい可能性がある。
9. 難治性症例への新たな選択肢:抗体医薬(ゾレア)
免疫療法を行っても効果が不十分な場合、あるいは副作用等で免疫療法が継続できない「最重症」の患者に対して、近年新たな治療選択肢「ゾレア(オマリズマブ)」が登場した 12。
9.1 ゾレアの位置づけと適応基準
ゾレアは、アレルギー反応の根本原因であるIgE抗体そのものを標的とし、マスト細胞との結合を阻害する抗体医薬(皮下注射)である。これは免疫療法のように体質を変えるものではなく、シーズン限定の強力な「対症療法」の切り札である。 厚生労働省のガイドラインおよび最適使用推進ガイドラインに基づき、以下の極めて厳しい条件を全て満たす患者のみが対象となる 12。
- 重症度判定: 既存の標準治療(抗ヒスタミン薬+点鼻ステロイド薬)を行っても、くしゃみ・鼻水・鼻閉のいずれかが「1日10回以上」などの重症状態が続くこと。
- 確定診断: スギ花粉特異的IgE抗体がクラス3以上であること。
- 総IgE値の範囲: 体重と総IgE値に基づき投与量が決定されるため、この数値が基準範囲内であること。
9.2 社会人にとってのメリット・デメリット
- メリット: 効果発現が早く、劇的な症状改善が見込める。重要なプレゼンテーションや受験など、絶対に失敗できないシーズンにおける「最後の砦」となる。
- デメリット: 薬価が非常に高い。体重やIgE値にもよるが、1ヶ月あたりの自己負担額(3割負担)が数千円から数万円、場合によっては高額療養費制度の対象になるほどの高額治療となる。
- 期間制限: 臨床試験データに基づき、原則として12週間(約3ヶ月)以内の投与に限られる 12。
医師は、ゾレアの投与を受ける患者に対し、長期的には根治を目指せるアレルゲン免疫療法の選択肢についても十分な説明を行うことが義務付けられている 12。つまり、ゾレアはあくまで緊急避難的な治療であり、長期的戦略としてはやはり免疫療法が推奨されるという構造になっている。
10. 結論と提言:20代以上の社会人がとるべき戦略
以上の調査分析から、アレルゲン免疫療法は、花粉症に悩む20代以上の社会人にとって、QOLを抜本的に改善しうる最も有力な投資であることが明らかとなった。
10.1 総合評価:推奨の論理
- 科学的根拠: 3年間の治療により、治療終了後も長期にわたる症状抑制(疾患修飾効果)が証明されている。
- 利便性: 舌下免疫療法の普及により、通院負担が月1回まで軽減され、就労しながらの治療継続が現実的となった。
- 経済合理性: 長期的な薬剤費や生産性低下の回避を考慮すれば、年間3〜4万円のコストは十分回収可能な投資である。
10.2 アクションプラン
花粉症対策のパラダイムシフトを起こすためには、以下のステップを踏むことを推奨する。
- タイミングの把握:
スギ花粉症の治療開始は「6月から11月」限定である。花粉が飛んでいる時期に思い立っても開始できないため、カレンダーに予定を入れることが第一歩である。 - 専門医の受診:
耳鼻咽喉科またはアレルギー専門医を受診し、採血検査でアレルギーの原因を確定させる。 - 長期的コミットメント:
「最低3年は続ける」という意思決定を行う。途中で挫折しないよう、スマートフォンのリマインダー機能を活用するなど、服薬を習慣化する工夫が重要である。
花粉症はもはや「我慢する病気」ではなく、「コントロールし、克服しうる病気」へと変化している。医学の進歩を自身のキャリアと生活の質向上に還元するため、免疫療法という選択肢を前向きに検討する価値は極めて高いと言えるだろう。
免責事項:
本レポートは、2026年1月時点の入手可能な研究資料およびガイドラインに基づき作成されています。医療情報は日々更新されるものであり、個々の患者における診断、治療適応、薬剤の選択については、必ず主治医の診断と指導に従ってください。本レポートは医療アドバイスを提供するものではありません。
引用文献
- アレルゲン免疫療法とは?シダキュア・ミティキュアの効果や副作用、費用を解説, https://s-b-s-c.com/medicine/70vZDtei
- Sublingual Immunotherapy for Japanese Cedar Pollinosis: Current Clinical and Research Status – PMC – PubMed Central, https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9697594/
- Japanese cedar (JC) pollen sublingual immunotherapy (SLIT) tablets show sustained disease-modifying effects – American Academy of Allergy, Asthma & Immunology, https://www.aaaai.org/tools-for-the-public/latest-research-summaries/the-journal-of-allergy-and-clinical-immunology-in/2021/cedar
- 舌下免疫療法外来 | 福岡病院 | 国立病院機構, https://fukuoka.hosp.go.jp/medical/sublingual/
- https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibiinkoka/121/10/121_1275/_pdf
- Torii Pharmaceutical Co., Ltd. New Drug Application Approval of “CEDARCURE® Japanese Cedar Pollen Sublingual Tablets”, https://www.torii.co.jp/en/release/2017/20170927_E.pdf
- CEDARCURE Japanese Cedar Pollen Sublingual Tablets 2,000JAU | Kusuri-no-Shiori(Drug Information Sheet), https://www.rad-ar.or.jp/siori/english/search/result?n=39963
- Dose Adjustment After Gaps in Administration of Subcutaneous Immunotherapy From a Past Survey – American Academy of Allergy, Asthma & Immunology, https://www.aaaai.org/Aaaai/media/Media-Library-PDFs/Allergist%20Resources/Statements%20and%20Practice%20Parameters/Dose-Adjustment-After-Gaps-in-Administration-of-Subcutaneous-Immunotherapy.pdf
- Long-Term Efficacy and Dose-Finding Trial of Japanese Cedar Pollen Sublingual Immunotherapy Tablet – PubMed, https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30537561/
- Sublingual Immunotherapy for Japanese Cedar Pollinosis: Current Clinical and Research Status – ResearchGate, https://www.researchgate.net/publication/365276957_Sublingual_Immunotherapy_for_Japanese_Cedar_Pollinosis_Current_Clinical_and_Research_Status
- 舌下免疫療法の薬剤の費用|病気について – はかたみち耳鼻咽喉科, https://www.hakatamichi.com/sp/disease/detail/masterid/103/
- 1 最適使用推進GLが策定された医薬品の保険適用上の留意事項 …, https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000565817.pdf


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